アンプを鳴らす意味
家では、ほとんどアンプを鳴らさない。
誤解されることもあるけど、別に近所迷惑を気にしているわけじゃない。
リハーサルより前にエフェクターでの音作りが必要な時以外、アンプは必要ないと思っている。

ギターはまず、生音だ。
ピックが弦に当たる音。
ピックを振り抜くスピード。
左手の押さえ方。
ビブラートの揺れ。
楽器の振動。
音の太さ。
全部、生音でわかる。
自宅練習でギターアンプを使うのは悪いことではない。
特に歪ませた時ほど、ミュートの甘さはよくわかる。
弾いていない弦のノイズ。
コードチェンジの時の余計な響き。
本人は気づいていなくても、アンプは容赦なく全部拾う。
生音が汚いままアンプで増幅したら、ただの騒音だ。
アンプやエフェクターは、どんな音でも作れる魔法の箱ではない。
もともとの「いい音」がある前提で、その音を調整するための道具だ。
粗いピッキングも、甘いコードも、歪ませれば勢いで押し切れてしまうこともあるかもしれない。
でも、本当に芯のある音は、どれだけ歪ませても埋もれることはない。
ピッキングの瞬間のニュアンスまで含めて音だから。
だからこそ、生音は逃げ場がない。
だから家では、なるべく生で弾く。
実は、家にテレビがない。
ただギターの鳴りだけを聞く。
そうすると、その日の調子までわかる。
今日は右手が硬いな、とか。
焦ってるな、とか。
無駄に力が入ってるな、とか。
結局、音には全部出る。
疲れている日や、気分が沈んでいる日はもっとわかりやすい。
不思議なくらい、音が前に飛ばない。
ピッキングに迷いが出る。
リズムが少し後ろに下がる。
音の伸びまで変わる。
逆に、気持ちが落ち着いている日は、生音でも自然に鳴る。
音がきちんと抜ける。
結局、ギターはその日の自分そのものなんだと思う。
10代の頃は、とにかく速く弾くことばかり考えていた。
いわゆる速弾きギタリストだった。
難しいフレーズを誰より正確に弾きたい。
速さで驚かせたい。
そんなことばかり考えていた。
もちろんそれも大事だ。
でも今は、アンプを通す前の一音の方が気になる。
ちゃんと鳴っているか。
ちゃんと歌っているか。
そこができていないと、どんなに良いアンプを使っても意味がない。
むしろ、汚さを増幅しているだけだ。
ギターもそうだが、楽器全般は怖いものだとも思う。
その人の雑さも、弱さも、誤魔化しも全部出る。
だから面白い。
アンプやエフェクターは表現手段の中の1つのツール。
身体から出た音が、指先を通じて楽器に伝わり、エフェクターで味付けされ、アンプで増幅される。
身体から出る音のために、今でもギターを弾いている。




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