アンプを鳴らす意味
- Hirokuni Honjou
- 6月4日
- 読了時間: 3分
家では、ほとんどアンプを鳴らさない。
誤解されることもあるけど、別に近所迷惑を気にしているわけじゃない。
リハーサルより前にエフェクターでの音作りが必要な時以外、アンプは必要ないと思っている。

ギターはまず、生音だ。
ピックが弦に当たる音。
ピックを振り抜くスピード。
左手の押さえ方。
ビブラートの揺れ。
楽器の振動。
音の太さ。
全部、生音でわかる。
自宅練習でギターアンプを使うのは悪いことではない。
特に歪ませた時ほど、ミュートの甘さはよくわかる。
弾いていない弦のノイズ。
コードチェンジの時の余計な響き。
本人は気づいていなくても、アンプは容赦なく全部拾う。
生音が汚いままアンプで増幅したら、ただの騒音だ。
アンプやエフェクターは、どんな音でも作れる魔法の箱ではない。
もともとの「いい音」がある前提で、その音を調整するための道具だ。
粗いピッキングも、甘いコードも、歪ませれば勢いで押し切れてしまうこともあるかもしれない。
でも、本当に芯のある音は、どれだけ歪ませても埋もれることはない。
ピッキングの瞬間のニュアンスまで含めて音だから。
だからこそ、生音は逃げ場がない。
だから家では、なるべく生で弾く。
実は、家にテレビがない。
ただギターの鳴りだけを聞く。
そうすると、その日の調子までわかる。
今日は右手が硬いな、とか。
焦ってるな、とか。
無駄に力が入ってるな、とか。
結局、音には全部出る。
疲れている日や、気分が沈んでいる日はもっとわかりやすい。
不思議なくらい、音が前に飛ばない。
ピッキングに迷いが出る。
リズムが少し後ろに下がる。
音の伸びまで変わる。
逆に、気持ちが落ち着いている日は、生音でも自然に鳴る。
音がきちんと抜ける。
結局、ギターはその日の自分そのものなんだと思う。
10代の頃は、とにかく速く弾くことばかり考えていた。
いわゆる速弾きギタリストだった。
難しいフレーズを誰より正確に弾きたい。
速さで驚かせたい。
そんなことばかり考えていた。
もちろんそれも大事だ。
でも今は、アンプを通す前の一音の方が気になる。
ちゃんと鳴っているか。
ちゃんと歌っているか。
そこができていないと、どんなに良いアンプを使っても意味がない。
むしろ、汚さを増幅しているだけだ。
ギターもそうだが、楽器全般は怖いものだとも思う。
その人の雑さも、弱さも、誤魔化しも全部出る。
だから面白い。
アンプやエフェクターは表現手段の中の1つのツール。
身体から出た音が、指先を通じて楽器に伝わり、エフェクターで味付けされ、アンプで増幅される。
身体から出る音のために、今でもギターを弾いている。




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